カジカジ と NEUTRAL COLORS、雑誌を巡る今昔メモリー

2025.12.27

新しい本が並んでいる場所に行きたくなった。

平日午前の余白。
天気は快晴、やや北よりの風。

お風呂上がりの乾燥したお肌が化粧水を欲するように、アイデアの潤いを求めて本屋に出掛けた。
最近は古書店を覗くことが多かった反動か、新しい本が並んでいる場所に行きたくて、せっかくならと、代官山蔦屋書店まで足を伸ばすことにした。
駅から歩く道すがら、信号待ちで並んだバックパッカー風の外国人女性二人組がお洒落だった。目の前を歩いていた男性が直角に進路を変え、そのまま吸い込まれるようにハリウッドランチマーケットの中へ消えていった。

旧山手通りを歩いて、蔦屋に到着。
そそくさと右の御足から入店。

寒風に少しかじかんだ手を生地の薄いモッズコートのポケットに入れたまま、ファッション、デザイン、建築、インテリアなどの雑誌が並ぶコーナーを周る。
この振る舞いは、若い頃通ったレコード屋でもそうだったなぁ。ポケットの中の左手薬指に付けている結婚指輪が、冬は少し緩んだように感じるなぁ。
頭に浮かぶ些細なことを片隅に留めながら、興味をそそられた雑誌の場所を把握してゆく。

アートブックやデザインブック、写真集のコーナーに立ち寄りつつも、今日は雑誌を中心に見ていこうと決めていた。

1990年代、ファッション雑誌「カジカジ」に夢中になった。

1990年代の話だ。
中学から高校時代にかけて、兄の部屋からこっそり持ち出したファッション雑誌をよく読んでいた。MEN’S NON-NO、CHECK MATE、POPEYE、Boon…、ファッション誌が多かった気がする。

当時、よく遊びに出掛ける街に、MEN’S NON-NOやCHECK MATEに掲載されるような海外ブランドを扱うセレクトショップがあった。
でも、10代半ばの僕には敷居が高く感じられた。結局、外から店内の様子をおそるおそる覗くことしかできなかったし、そのショップに並ぶ洋服たちは、普段袖を通しているものとはまったくの別物で、例えば自動車でいうところのアルトとベンツくらいの差を感じていた。
だからファッション誌は、瀬戸内海に面した小さな街で育った僕と、手の届かない遠い東京にたぶん存在する別世界とを、一方的につないでくれる唯一のものだったように思う。

そんな雑誌の中で一番のお気に入りであり、その後の僕に最も影響を与えたのが、カジカジだった。

何年の何号かはまったく覚えていないけど、たしか、GUCCIやFENDI、LOUIS VUITTONといったハイブランドのブートスウェットでコーディネートされたページがあった。その濃厚な個性と遊び心に、10代半ばの僕は大きな衝撃を受けた。
そして、ヴィンテージとも違う、ユーモアを宿した古着の自由さとおもしろさにすっかり心奪われ、大阪・アメ村のファッションカルチャーに興味を持つようになった。

カジカジには「街の眼」というストリートスナップの連載があった。
僕は毎号、「街の眼」を楽しみにしていた。

他の雑誌にもスナップのコーナーはあったけど、カジカジのそれはまったく違って見えた。アメ村・三角公園に自然と集まってくる人たちや、普通に行き交う人たちを、そのまま真っすぐ写したような写真だった。
街に馴染んだ被写体が、スタイリッシュだったり、土臭かったり、ロックンロールだったり、ちょっと怖かったり、可愛かったり。流行りの服装というよりも、人間味を感じるセンスに秀でた“スタイリング猛者”が多かった印象だ。

街に根付いたファッションカルチャーを体感することは、僕が育った穏やかな故郷ではなかなか難しい。
そう感じたことが、その数年後に僕が上京したひとつのきっかけなのかもしれない。

視点が変わった30年後、1冊の雑誌に出合った。

あれから流れた30年ほどの年月は、雑誌に対する僕の視点を変えるには十分だった。

ファッション誌に憧れを抱いて眺めていたあの頃は、雑誌に掲載された人や街に夢中になった。
それが、デザインの仕事に携わるようになってからは、雑誌の構成やデザイン、レイアウトや意図の方に自然と目が向くようになった。僕の生業であるWEBサイト作りにおいて、最も多くのことを教えてくれたのも、雑誌だったのだ。

随分久しぶりだった分、蔦屋で興味をそそられた雑誌は数多く、そのすべてに目を通すのに1時間半を費やした。
その中で、最も強く惹かれたのが「NEUTRAL COLORS」という雑誌だった。

表紙のデザインに唸り、手にした時に感じた手触りと、丸みのあるボリューム感が心地いい。
何より驚かされたのは、パラパラとページをめくる度に次々現れる色、色、色。
ビビットな配色、大胆なデザイン、ギリギリの秩序を楽しんだレイアウト。指先が喜ぶ多彩な紙の種類、人の手仕事を感じる印刷手法。
少し大げさかもしれないけれど、製本に注がれた、とてつもない熱量のようなものが伝わってきた。

店頭には、手に取った最新号の6号と、バックナンバーの4号が並んでいた。
そうなると不思議なもので、そこにない5号のことが気になり始めてしまう。
どうしようかと少し考え始めたところで、次の約束の時間が迫っていることに気付いた。

今は「NEUTRAL COLORS」にこれ以上深く潜るわけにはいかず、ひとまず今日はここまでにして、急いで約束の場所へ向かうことにした。

近くに置いておきたいと思わせる雑誌、「NEUTRAL COLORS」。

その日の帰宅後、あらためて「NEUTRAL COLORS」のオフィシャルサイトを訪れた。
そこには、「NEUTRAL COLORS」が少人数で印刷から製本、流通までを一貫して行う、自社工房を持つインディペンデントな出版社であることが記されていた。オフセット印刷とリソグラフ印刷を融合させて雑誌を制作しているという。
さらに、「NEUTRAL」や「TRANSIT」の編集者として知られる加藤直徳さんが立ち上げた出版社だと知り、興味は一層深まっていった。

店頭にはなかった5号は、「特集:伝わらないから伝えたい言語のふしぎ」と紹介されている。

NEUTRAL COLORSにとって言語とは「伝わらないもの」。だからこそ、雑誌全体で伝えてみよう、そんな試みと思考の変遷が「言語」特集でNCがやりたかったこと。

この紹介文を読み、5号を購入することに決めた。
けど、オフィシャルサイトではすでにSOLD OUT。

購入できるショップを探す中で、京都で本とレコードを扱う「ammel」に辿り着いた。
重いレコードバッグを引きずりながらDJ活動をしていた若き頃の僕自身に、ささやかな敬意を込めて、「ammel」でオーダーすることにした。

翌日届いた、NEUTRAL COLORS 5号。
可愛いトートバッグも付いてきた。

ページを開く前に、しばらく表紙を眺める時間が必要だった。

僕の仕事場は照明を少し暗くしている。
そのせいか、シルバーの特色で印刷された「NEUTRAL COLORS」のタイトルが、光を拾ってマイルドに浮かび上がって見える。すでに期待感は高まっている。

ページをめくる。
最初から順に、というよりも、手の動くままに。
途中を飛ばしたり、戻ってみたり。目に映る写真を眺めてみたり、食い入るように文章を追ってみたり。明確さと曖昧さを行き来して楽しんでいる、そんな感覚。

本号の特集は「伝わらないから伝えたい言語のふしぎ」。
異国の言語やタイポグラフィ、手話や点字といった身体を伴う言語、人間以外の生物の言語、さらにはプログラミング言語や、人間とAIが通じ合う可能性まで。
さまざまな記憶や軌跡、仕組みや思考が、多様な表現を用いて誌面を彩っている。

その中でも、やっぱりハッとさせられるのは、リソグラフ印刷の色彩だ。
言語や文字が、時に強いメッセージとして、時にアート性を帯びた作品としてそこにあり、特別な手触りや温もりのようなものを感じさせる。
この突き抜けたクオリティーは、意図と偶然が交差しながら、技術と体験が重なり合って形づくられている。それを支えているのは、好奇心と探究心なのだろうな、きっと。

店頭で立ち読みするのと、購入して自分のものになった時と、その差をはっきりと感じた。
NEUTRAL COLORSは、近くに置いておきたいと思わせる雑誌だ。
デザイン業に携わる者としても、雑誌を愛する読者としても。

これでええじゃろ。

NEUTRAL COLORSを本棚にしまうついでに、クローゼットを整理することにした。
すると、奥から懐かしいスウェットが出てきた。

文化服装学院に通っていた頃、校内でストリートスナップ雑誌「FRUITS」のクルーに声を掛けられ撮影を受けることになった。
後日発売された誌面に、間抜け顔の僕が掲載されていた。
その時着ていたスウェットだ。

上京して3年半ほど、たぶん僕の発する言語には故郷のなまりが残っていただろう。
そっか、僕は「故郷の方言」という、世界でいちばん愛おしい言語を話す人たちに囲まれて育ったのだ。
当時の僕は、その方言混じりの言語で誰かに何かを伝えたりしたのだろうな。

もう薄れてしまったあの頃の記憶を、正確になぞることはできない。
少しの寂しさを自覚しながら、たぶんもう袖を通すことのないそのスウェットを畳み直し、そっと元の場所に戻しておいた。

「これでええじゃろ」
誰にも届かない小さな声でつぶやいた。

WATARU OTSUKA

Web Director & Designer

おおつか わたる

1980年 岡山県笠岡市生まれ。文化服装学院スタイリスト科卒業。東京のデザイン会社「Graphika inc.」に所属するかたわら、フリーのWEBディレクター&WEBデザイナーとして活動中。