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読書好きだった母に捧げる「がんを抱えて、自分らしく生きたい」

2019.06.16

なだらかな下り坂。

梅雨の晴れ間、故郷にいる。

僕が高校3年生の時、母が乳がんになった。
それから2017年6月に息を引き取るまでの間、母は母らしく生きた。
友達の多い母だった。人が好きな母だった。母の周りにはいつも人がいた。友達と山に登った、温泉に出掛けた、はるばる僕の家に遊びに来た。

自宅で過ごした最後の日々もそうだった。
治療を止めた母の願いは、余生を自宅で過ごすこと。当初、僕は自宅で母を看ることに対して恐怖心があった。
もしもの時に何ができる?
救急車を呼んでもいいの?
がんに関する知識の少なさが恐怖心をもたらしたのだろう。

そんな恐怖心を解きほぐしてくれたのは訪問医さんだった。
母の病状の説明から始まり、これから起こりうる容体の悪化、その際の医療などを丁寧に話してくれた。
特に印象的だったのは「なだらかな下り坂」という言葉。急な坂道を転がり落ちるのではなく、痛みや苦しみを医療の力で緩和してなだらかにしてゆく、という意味だ。

僕たちにできることを教えてくれたのは訪問看護師さんだった。
手際よく着替えを補助したり、お風呂代わりに体を拭いたり、その日の母の体調に合わせた無理のない介護方法を伝えてくれた。看護師さんと母との会話をまるで友達同士のように感じることもあった。

小さな後悔はある。
ただ、それを大きく上回るのが、母と一緒の時間を過ごせた充実感。2年経った今でも、笑顔も涙もあったあの日々が大切な思い出としてしっかり胸に刻まれている。

がんを抱えて、自分らしく生きたい

そんな折、Twitterで気になる書籍の情報を見掛けた。
それが、西智弘さんの新書「がんを抱えて、自分らしく生きたい」。

副題に「がんと共に生きた人が 緩和ケア医に伝えた10の言葉」とある。
多くのがん患者たちが抗がん剤と緩和ケアの専門家である著者に語ってきた言葉を通し、がんという病を抱えてどう生きていくのかについて考える本だ。

この本は決して医学書ではなく、自分自身の死生観や人生観を見つめ直すきっかけを与えてくれる本だと僕は感じた。
また、この本のおかげで医療分野について僕が初めて知ったこともある。それは、診断された時から緩和ケアを受けることが常識、ということ。もっと言えば、患者自身の生き方や価値観に合わせた医療がある、ということ。

長年がんと闘いながら多くの友達に囲まれ笑って泣いて生きた母を持つ子として、ひょっとしたらいつか患者になる可能性もあるひとりの人間として、僕はこの本に出会えてよかった。心からそう思う。

夏休みの読書感想文が苦手だった僕が多くを綴ることは止めようと思う。まえがきを抜粋して、あらすじを書いて、あとがきを写しておしまいとなり兼ねない。それはマズイ。
なによりも、是非実際に読んでほしいと思う。今がんの病を抱えている人や側で支えている人はもちろん、元気に日常を暮らしている人も。

僕自身、何度も読み返したいと思っている。
命を宿した患者たちの言葉を噛み締めて、僕らしく生きることについて考え続けていきたいと思う。

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お寺の本堂に優しく響く読経と御詠歌。

今日、母の三回忌法要が執り行われた。
昨日の大雨が一転、そよ風が気持ちいい晴天だった。
お寺の本堂に優しく響く住職の読経と御詠歌を聞きながら、僕は穏やかな気持ちで今日までの2年間を振り返り、亡き母に思いを馳せた。

その後、母の眠るお墓に向かった。
明るい日差しが照りつけて、母の眠るお墓が日向ぼっこしてるようだった。

2年経ったよ。
僕も家族も元気に暮らしているからね。

Web Designer

おおつか わたる

1980年 岡山県笠岡市生まれ。文化服装学院スタイリスト科卒業。 2013年の立ち上げより「Graphika inc.」に所属するかたわら、フリーのWEBデザイナーとして活動中。

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